大隈講堂の外壁がスクラッチタイルになった訳

東京・早稲田の地に建つ 大隈講堂 は、単なる大学の講堂という枠を超え、日本近代建築史の中でも特異な存在感を放つ建物です。
その印象を決定づけている要素の一つが、外壁一面に張り巡らされた黄土色のスクラッチタイルです。

なぜ大隈講堂の外壁は、あの重厚でざらりとしたタイル仕上げになったのでしょうか。
そこには、時代背景、素材技術、そして建築に対する極めて誠実な姿勢が折り重なっています。

1| 関東大震災後の復興と「タイルの時代」

大隈講堂の建設は、関東大震災後の復興期という、日本の建築史において大きな転換点にあたる時代に行われました。
都市は壊滅的な被害を受け、耐火性・耐久性を備えた建築が強く求められるようになります。

その中で、外装材として一気に普及したのが「タイル」でした。
タイルは不燃材料であり、耐候性にも優れ、意匠的な表現の幅も広い素材です。
当時の建築界では、タイルを使うこと自体が「新しさ」や「復興の象徴」として受け止められていました。

大隈講堂がタイル外壁を採用したのは、単なる流行ではなく、時代の要請に応える必然的な選択だったといえます。


2| スクラッチタイルという素材の来歴

大隈講堂に用いられているタイルは、一般的な平滑なタイルではありません。
表面に無数の引っかき傷のような凹凸を持つ「スクラッチタイル」と呼ばれるものです。

このスクラッチタイルの源流には、建築家 フランク・ロイド・ライト の存在があります。
ライトが 旧帝国ホテル の設計において用いた「すだれレンガ」は、日本の職人技術と近代建築思想が融合した象徴的な素材でした。

その考え方をもとに、日本で独自に開発され、タイルとして応用されたものがスクラッチタイルです。
一枚一枚、職人が手作業で表面を掻き、奥行きのある陰影を生み出しています。


3| 手仕事がつくる外観のリズムと強弱

スクラッチタイルの最大の特徴は、その不均質さにあります。
すべてが同じ表情ではなく、微妙に異なる凹凸や陰影が、外壁全体にリズムを与えています。

この手仕事による揺らぎが、ロマネスク調の重厚な造形と結びつき、大学建築としての威厳を静かに、しかし確実に表現しています。
遠目には量感のある塊として見え、近づくと素材の細やかな表情が立ち上がってくる。
このスケールの往復こそが、大隈講堂の外観の魅力といえるでしょう。


4| 平成の改修工事と「きれいすぎる」外壁

現在の大隈講堂の外壁は、非常に整った印象を受けます。
それは、平成の大規模改修工事において、既存のタイルを一度すべて剥がし、
一枚一枚を強塩酸で洗浄し、汚れを取り除いたうえで、改めて張り直しているためです。

経年による煤や汚れが落ち、本来の素材の色味と表情がよみがえっています。
歴史ある建築でありながら、清潔感と力強さを併せ持つ外観が維持されているのは、この丁寧な改修の成果です。


5| 外観とは対照的な、最先端の音響設計

大隈講堂の魅力は、外観だけにとどまりません。
この講堂は、日本で初めて本格的な音響設計を取り入れた建築としても知られています。

満席時の残響時間は約1秒(0.92〜1.04秒)。
講演にも音楽会にも適した、極めて自然な音響特性を備えています。
これは、感覚や経験則だけではなく、科学的な音響設計に基づいて空間が構成されていることを意味します。

重厚で歴史的な外観からは想像しにくいほど、内部には当時の最先端技術が投入されているのです。


6| ロマネスクの外観と、ロマンティックな内部空間

内部空間に足を踏み入れると、大きな楕円形の天窓が印象的です。
柔らかな自然光が降り注ぎ、どこかロマンティックな気分にさせてくれます。

技術一辺倒の合理的なホールではなく、感情や体験を大切にした空間構成が随所に見られます。
外部では職人の手仕事による素材感を前面に出し、内部では光と音を丁寧に制御する。
その対比が、この建物を単なる「復古的建築」に終わらせていません。


7| もし外壁がスタッコ仕上げだったなら

仮に、大隈講堂の外壁が 朝香宮邸(現在の東京都庭園美術館) のような、
スタッコ仕上げのリシンかき落としであったとしたらどうでしょうか。

おそらく、より端正で、おとなしい外観になっていたはずです。
泥臭さは消え、洗練された近代建築として成立していたかもしれません。
しかし、その代わりに、大学建築としての圧倒的な存在感や、時代のエネルギーは薄れていたようにも感じられます。

素材が変われば、建物の語る言葉は大きく変わります。
どの素材が正解かを一概に決めることはできませんが、素材選択が建築の本質に直結していることは間違いありません。


まとめ| 素材・形・技術を統合する「素材建築」

大隈講堂が今なお魅力的なのは、単に手仕事を称揚しているからではありません。
素材、形、そして当時の最先端技術を統合し、回顧主義に陥らないモノづくりを実践しているからです。

「素材建築」とは、素材を使うこと自体が目的になる建築ではありません。
一つ一つを丁寧に設計し、現代の技術を取り入れながら、その時代にふさわしい建築をつくること。
大隈講堂は、その姿勢を約一世紀前にすでに体現していました。 スクラッチタイルの外壁は、単なる仕上げではなく、建築の思想そのものを語っています。
だからこそ私たちは、この建物に今も強く惹きつけられるのではないでしょうか

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