様式美と素材の関係

建築における「様式美」とは何でしょうか。
それは単なる見た目の装飾や、歴史的な形式の引用ではありません。
様式美とは、ある時代や文化が共有していた「イメージ」によって支えられ、そのイメージを実現するために技術が形を支えている状態だと考えています。

逆に言えば、技術だけが先行しても様式美は成立しません。
また、形だけをなぞっても、そこにイメージが伴わなければ、建築は表層的な模倣に終わってしまいます。
様式美とは、イメージ・素材・技術の三者が、ある均衡点で結びついたときに立ち上がるものなのです。

1| 様式を「広げる」ための建築

今回取り上げる建築で感じられるのは、ある様式を純粋なかたちで再現しようとする姿勢ではありません。
むしろ、西洋のシステムや文化を、日本の風土や生活の中に「浸透させる」ための建築的な工夫が随所に見られます。

たとえば、郵便という制度は、西洋の社会システムとして日本に導入され、全国へと広がっていきました。
この建築で採用されているスパニッシュ様式も、それとよく似た位置づけにあるように感じます。

スパニッシュ様式は、当時のアメリカで流行していた建築様式ですが、それをそのまま日本に持ち込むのではなく、地方にまで広げていくための「調整」が行われています。
教会建築に見られるような、強い宗教性を感じさせるステンドグラスや、象徴的なガラス屋根といった装飾はあえて控えられています。

その代わりに、外観にはどこか和風の雰囲気がにじみ出ています。
これは妥協ではなく、日本の生活文化の中に自然に受け入れられるための、極めて戦略的な選択だったのではないでしょうか。


2| 外壁に表れた様式と素材の関係

この建築で最も特徴的なのが、外壁の仕上げです。
採用されているのは「ドイツ壁」と呼ばれる、凹凸の激しい左官仕上げです。

ドイツ壁は、大正時代から昭和初期にかけて日本に紹介された左官技法で、日本の伝統的な左官技術とは大きく異なります。
日本の左官は、下地を整えたうえで、薄い層を何度も重ね、均質で繊細な表情をつくり出す技法です。

一方、ドイツ壁は、教会のような大きな外壁を一気に仕上げるための技法で、荒々しく、力強い表情を持っています。
コテ跡がそのまま残り、光の当たり方によって陰影が大きく変化します。

この豪快な壁の表情は、スパニッシュ様式の持つ土着性や量感と非常に相性が良く、建物に強い存在感を与えています。
様式のイメージを、素材そのものの表情によって支えている好例だといえるでしょう。


3| 豪快な壁と、繊細な窓の対比

もう一つ、この建築を印象づけているのが、木製の上下窓です。
霜よけとなる窓上の庇を持たない、すっきりとしたデザインの上下窓は、重厚で凹凸の激しい外壁とは対照的な存在です。

壁が持つ量感や荒々しさに対して、窓は驚くほど軽やかで、繊細です。
この対比によって、建物全体のバランスが巧みに調整されています。

特に、玄関まわりではこの効果が顕著です。
豪快な壁の中に、整理された開口部が現れることで、自然と視線が玄関へと導かれます。
素材とディテールの差異を使って、建築の「顔」を際立たせているのです。


4| 全体の対称性ではなく、玄関の対称性

この建築は、建物全体としては完全なシンメトリーを採用していません。
対称性が与えられているのは、あくまで玄関部分のみです。

この構成は、昭和初期に流行する看板建築の初期形態とも捉えることができます。
それまでの和風建築では、屋根が前面に強く現れ、軒が空間を支配していました。
しかし、洋風建築の影響が強まるにつれて、壁が立ち上がり、ファサードそのものが建築の表情を担うようになります。

この建築は、まさにその過渡期に位置しています。
ファサード第一主義ともいえる構成でありながら、構造自体は木造です。
木造の屋根仕舞としては特殊なおさまりを持ち、和と洋の技術がせめぎ合っている様子が読み取れます。


5| ヴォーリズという建築家の立ち位置

このような和洋折衷ともいえる建築が成立した背景には、設計者である ウィリアム・メレル・ヴォーリズ の存在があります。

ヴォーリズは、建築家であると同時に、宣教師としてキリスト教の普及に強い使命感を持っていました。
そのため、建築は自己表現のための作品ではなく、人々の生活の中に溶け込み、受け入れられるための「器」である必要がありました。

もし彼が、厳格なクラシック様式を忠実に再現するエリート建築家であったなら、このような建築は生まれなかったかもしれません。
結果として、和風の要素をにじませたスパニッシュ様式という、独自のスタイルが広まりました。

その過程で生まれた和洋折衷の左官技術や素材の使い方は、今なお日本各地に根付いています。


まとめ| 様式美は、素材から更新され続ける

様式美は、固定された形式ではありません。
イメージを支える素材や技術が変われば、様式もまた更新されていきます。

この建築に見られるのは、過去の様式を懐かしむ回顧主義ではなく、当時の最新技術と素材を使いながら、新しい美を模索する姿勢です。
豪快なドイツ壁も、繊細な木製窓も、そのための手段にすぎません。

「様式美と素材の関係」とは、様式を守ることではなく、様式が成立する条件を理解し、現代の技術と素材で再構築していくことだと考えています。
その姿勢こそが、今の時代における「素材建築」にも通じているのではないでしょうか。

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