企業理念を建築で表現するために、設計初期で決めるべき3つのこと

企業理念を「文章で語る」ことは多くの会社ができます。
しかし、それを空間として“体験”に変えるのは簡単ではありません。

オフィス、研修所、保養所、ギャラリー、接待施設、工場併設の展示空間。
企業施設が担う役割は近年、単なる機能を超えて「人にどう感じてもらうか」に移っています。採用・定着、ブランドの共感、顧客との関係構築——その中心に空間体験が入ってきました。

ここで重要なのは、「理念っぽい内装」を後から足すことではありません。
理念が空間に宿るかどうかは、設計の初期段階で決まるからです。

ここでは、企業理念を建築で表現するために、設計初期で決めるべきことを「3つ」に絞って整理します。抽象論ではなく、プロジェクトを進めるための“実務の決め方”として書きます。


① 理念を「言葉」ではなく「体験」をゴールにする

最初に決めるべきは、理念の“かっこいい言語化”ではなく、
訪れた人に最終的に残したい体験です。

たとえば企業理念が「誠実」「挑戦」「共創」だったとしても、
それを壁に刻むだけでは、体験にはなりません。

設計初期で必要なのは、理念を次のように言い換えることです。

  • その施設で、人はどんな気持ちになって帰ってほしいのか
  • 誰のための体験を最優先にするのか(社員/顧客/地域/取引先)
  • その気持ちは、5分で伝えるのか、2時間滞在して染み込ませるのか

ここが曖昧だと、設計は「要望の寄せ集め」になります。
会議室が増え、収納が増え、動線が複雑になり、どこにでもある施設に近づいていきます。

体験としてのゴールの“例”

企業施設では、次のような体験ゴールが強い武器になります。

  • 落ち着き:緊張がほどけ、呼吸が深くなる(接待・研修・保養所に強い)
  • 信頼:丁寧さ、清潔さ、誠実さが身体感覚で伝わる(医療・福祉・BtoBに強い)
  • 熱量:活動的で前向き、挑戦したくなる(採用・ショールームに強い)
  • 共感:世界観に入り込み「この会社と仕事がしたい」と思う(ブランド施設に強い)

ここでポイントは、「静けさ」などの言葉を使うことではなく、「自分の身体がどう変化するか」まで落とし込むことです。

例:
× 静かな空間にしたい
○ 入った瞬間に声のトーンが自然に下がり、会話が丁寧になる空間にしたい

このレベルまで決めると、素材・光・余白・音の設計が一本の線でつながります。

② 理念を「空間のルール」にする(何を削り、何を残すか)

次に決めるべきは、空間の“ルール”です。
理念を表現する建築ほど、実は「足し算」ではなく引き算が重要になります。

設計初期に決めたいのは、次の3つです。

(A)余白をどこに作るか

理念が伝わる施設ほど、余白が設計されています
余白は「広い」という意味ではありません。
視線が抜ける場所、立ち止まれる場所、心が整う“間”のことです。

  • 玄関での奥行き
  • 廊下の突き当たりに小さな光だまり
  • ひとりになれるベンチの位置
  • 大きな空間の中に、安心できる小さな居場所

これがあると、人の行動が変わります。
慌ただしさが消え、滞在が“体験”になります。

(B)象徴をどこに置くか(1つでいい)

企業理念を空間に落とし込む時、象徴を増やすと散ります。
設計初期で「象徴は1つ」と決めるのがおすすめです。

  • 左官の土壁(手仕事・誠実さ・土地性)
  • 木の大きなカウンター(迎え入れる姿勢・温度)
  • 中庭(開かれた企業文化・余裕)
  • 焼き物や素材展示の壁(ものづくりの思想)

象徴は「目立つ造形」でなくてもよい。
むしろ自然素材の場合、強いのは“素材の象徴”です。
触れたとき、近づいたときにわかる——その体験が理念になります。

(C)やらないことを決める

理念を表現する設計では、要望が増えたときにブレないために
「やらないこと」を初期で合意しておくのが効きます。

  • 何でもできる多目的化はしない
  • 目立つ装飾で世界観を作らない
  • 間接照明だらけで雰囲気を作らない
  • 仕上げの素材数を増やさない(触感が散る)

ルールが決まると、途中で要望が追加されても「理念に沿うか」で判断できます。
設計の意思決定が速くなり、結果としてコストも整います。


③ 理念を「運用」とセットで設計する(誰がどう使うかまで)

最後に決めるべきは、理念を“建物の完成”で終わらせないことです。
理念は、運用されて初めて体験になります

設計初期で必ず押さえたいのは、次の視点です。

(A)主役は誰か

企業施設は関係者が多いぶん、主役が曖昧になりがちです。

  • 接待・広報が主役なら「入った瞬間の印象」と「声の大きさ」
  • 研修が主役なら「集中できる空間サイズ」
  • 社員が主役なら「居場所の多様性」と「心理的安全性」
  • 地域が主役なら「コミュニケーションの取り方」と「境界のデザイン」

主役が決まると、導線・家具・収納・照明の優先順位が一気に整理されます。

(B)維持管理で“理念が壊れない”素材選び

自然素材は、理念を強く伝えられます。
一方で、運用と合っていないと「汚れが気になる」「手入れが大変」となり、
理念どころかストレスになります。

だから設計初期で決めるべきは、素材の好き嫌いではなく、

  • どこまで経年変化を美として許容するか
  • 手入れを“文化”として取り込めるか(社員が愛着を持てるか)
  • 清掃動線・メンテ頻度・補修の仕組みを設計に含めるか


理念が「丁寧さ」なら、手入れのしやすさは“設計要件”になります。

(C)使い方が自然に導かれる“しつらえ”

理念を空間に宿らせる最短ルートは、
「サイン」よりもしつらえです。

  • 立ち話が生まれるカウンターの高さ
  • 靴を揃えたくなる玄関の素材感
  • 声量が自然に落ちる天井高さと吸音
  • 触りたくなる壁(左官・木)
  • 人が集まりすぎない居場所の分散

人は“正しいこと”より、“そうしたくなる空間”に動かされます。
理念を押し付けず、自然に行動が整う。
これが、企業理念が建築に落ちるときの理想形です。


■ まとめ|理念は「言語→ルール→運用」で建築になります

企業理念を建築で表現するために、設計初期で決めるべき3つは次の通りです。

  1. 理念から体験をゴールにする(訪れた人に残したい感覚を定義する)
  2. 理念から空間のルールをつくる(余白・象徴・やらないことを決める)
  3. 理念を運用とセットで設計する(主役・維持管理・しつらえまで落とす)

理念は、言葉だけでは伝わりません。
けれど、設計初期でこの3つが揃うと、建築は「企業の思想を体験にする装置」になります。

もし、企業施設(接待・展示・研修・保養所など)の計画が進んでいて
「理念を空間化したいが、何から決めればいいか迷う」という場合は、
まずはこの3点を整理するだけで、設計の迷いが大きく減ります。

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