別荘の計画で、ほぼ必ず出てくる要望があります。
- 「景色を最大限に取り込みたい」
- 「大きな窓にしたい」
- 「自然を感じられる別荘にしたい」
どれも間違いではありません。
しかし完成後、こんな声もよく聞きます。
- 「最初は感動したが、すぐ慣れた」
- 「景色はいいのに、長く居ると落ち着かない」
- 「思ったより“非日常感”が続かない」
なぜでしょうか。
答えは、非日常は“見える量”ではなく、“感じ方”で決まる
という点にあります。
そしてその感じ方を左右するのが、窓と素材の関係です。
1|非日常は「外をたくさん見る」ことで生まれない
まず押さえておきたいのは、非日常=外部情報の最大化ではない、ということです。
全面ガラスの大開口は、
- 一瞬のインパクトは大きい
- 写真映えする
- 来客に喜ばれる
一方で、
- 常に視覚情報が多い
- 落ち着く前に疲れる
- 日常的な“眺め”に変わる
という側面も持っています。
人は、刺激にすぐ慣れます。
非日常を持続させるには、刺激をコントロールする必要があります。

2|非日常が続く別荘の窓は「見せ方」を設計している
非日常が続く別荘では、窓は単なる開口部ではありません。
- どこから
- どこまで
- どの高さで
- どの角度で
外を切り取るかが、極めて重要な設計です。
(1)景色を「額縁化」する
窓を通して見る景色が、
- 絵のように切り取られる
- 視線が自然に止まる
この状態では、景色は単なる「情報」ではなく体験となります。
大きさだけではなく、輪郭のつくり方が重要です。
(2)常に見えなくてもいい
非日常が続く別荘では、
- 見える窓
- 見えない壁
が交互に現れます。ずっと開いているから、特別なのではありません。
開いた瞬間があるから、特別になる。
外に出てみることができるシーンその違いが重要になります。
3|素材が変わると、窓の意味が変わる
同じ窓でも、周囲の素材が違うと、体験はまったく変わります。
(1)工業素材×大開口の違和感
工業製品的な内装に大きな窓を組み合わせると、
- 外は自然
- 内は人工
という対比が強くなります。
結果として、
内と外が分断され外部の自然環境から切り離された状態になりがちです。
(2)自然素材×窓がつくる連続性
土・漆喰・木といった自然素材は、
- 光をやわらかく受け止め
- 色味を外とつなげ
- 境界を曖昧にする
このとき窓は、外を見る装置ではなく
内と外をつなぐ“膜”になります。
結果として、窓の前に行かなくても、室内が外部と一体になります。
そして非日常の雰囲気が出てきます
4|「非日常な窓」は、必ず居場所と結びつく
非日常を生む窓には、必ず共通点があります。
それは、居場所とセットになっていること。
- 窓辺に座れる
- 窓のそばで寝転べる
- 背中を預けられる
ただ眺めるための窓は、体験が一過性になります。
居場所と結びついた窓は、居心地がよく、
非日常の世界を演出してくれます。
5|夜になると、窓と素材の関係が逆転する
昼間の窓計画だけで、非日常は語れません。
夜になると、外は暗く内は明るくになります。
(1)夜の非日常を支えるのは素材
夜、窓の存在感は弱まります。
そのとき空間を支えるのが、
- 壁の表情
- 素材の陰影
- 光の滲み方
です。
自然素材の壁は、
- 窓が見えなくなっても成立する
- 内側の世界を豊かにする
結果として、非日常が途切れません。
(2)昼と夜で主役が入れ替わる
非日常が最大化される別荘では、
- 昼:窓が主役
- 夜:素材が主役
といえるのではないでしょうか。
この二層構造が、滞在を長く、深くしてくれると思います。
6|非日常を壊す「やりすぎ窓計画」
注意したいのは、次のような窓計画です。
- 大きすぎて居場所が消える
- 明るすぎて影がない
- 外にさらされすぎる
これらは、非日常を最大化するつもりで
非日常を消してしまう典型例です。
別荘の非日常は、過剰な開放ではなく、
限定的な開放で生まれます。
7|非日常とは「自然に戻ること」
最後に、非日常性について整理すると、
非日常とは、
- 特別な演出
- 非常識な体験
ではありません。
別荘における非日常とは、自然な感覚に戻ることです。
- 呼吸が深くなる
- 視線が落ち着く
- 時間を忘れる
そのために、
- 窓は見せすぎず
- 素材は主張しすぎず
内と外が、無理なくつながることが重要になります。

まとめ|非日常は「窓×素材」で設計される
別荘の非日常を最大化する鍵は、窓を大きくすることではなく
窓と素材の関係を整えることです。
- 窓は、見せ方を設計する
- 素材と光の調和を考える
- 窓と居場所と結びつける
この三点が揃ったとき、非日常は一瞬の感動ではなく、
滞在を通して深まる体験になります。
別荘とは、景色を消費する建築ではありません。
自然と、自分自身と、もう一度つながり直すための建築。
その体験価値は、窓と素材の関係の中に、
静かに仕込まれていると考えています。




