この石の巨大な建築をどうとらえるか?

角川武蔵野ミュージアム  設計:隈研吾

所沢の地に突如現れる石の塊。
角川武蔵野ミュージアムを初めて目にしたとき、多くの人が圧倒されます。同時に、どこか説明のつかない「異様な感覚」を覚えるのではないでしょうか。

それは単に大きいからでも、石だからでもありません。
石でできているはずなのに、どこか宙に浮いているように見える。その矛盾が、私たちの感覚を揺さぶるのです。

本稿では、この巨大な石の建築を「素材建築」という視点から考えてみたいと思います。

1| 石なのに浮いているという違和感

この建物は、約2万枚の花崗岩で覆われています。
遠目には巨大な岩山のようでありながら、近づくと細かな石のピースが張り巡らされていることがわかります。

本来、石は積み上げる素材です。
ピラミッドも、城郭も、石は「積む」ことで重量を受け止め、重力に従って存在してきました。

しかしこの建物の石は、積まれているのではありません。乾式工法によって、タイルのように張り付けられています。構造体は内部の鉄筋コンクリート躯体であり、外壁の石は化粧材です。

つまり、この石は「支えている」のではなく、「支えられている」のです。

ここに最初の違和感があります。
石という素材が持つ原初的なイメージと、実際の工法とのあいだにずれがあるのです。


2|量という二つの側面

素材の持つ重量感には、二つの側面があります。

一つは実質的な重量です。
花崗岩は非常に重く硬い素材です。外壁に用いる場合、躯体以上の重量物をどのようにバランスよく支えるかという構造解析上の課題が生まれます。外壁が化粧材であるとはいえ、その重さは無視できません。

もう一つは視覚的な重量感です。
例えば白いトラバーチンのような大理石は、石でありながら軽やかに見えます。表面の柔らかな色調や光の透過性が、重量を感じさせにくくしているからです。

一方、花崗岩は違います。
硬質で、加工も難しく、光を吸収するような重い質感を持っています。どう見ても「重い」と感じる素材です。

角川武蔵野ミュージアムは、その最も重く見える石を全面に採用しています。視覚的にも実質的にも重い素材を、あえて選択しているのです。


3| モダニズムの「軽さ」への逆行

20世紀のモダニズム建築は、「軽さ」を追い求めてきました。
ガラス、鉄、コンクリート。構造を合理化し、壁を薄くし、光を取り込み、浮遊感を演出する。それは単なるスタイルではなく、経済的合理性に基づく選択でもありました。

重い素材は、加工も組み立ても困難です。運搬コストもかかります。建設という視点から見れば、石は敬遠される素材です。特に日本では、石の産地が限られているため、公共性の高い建物や記念碑的建築にしか使われてきませんでした。

その意味で、この建物はモダニズムの合理性とは対極にある存在に見えます。
軽さを否定し、重さを強調しているようにも感じられます。

しかし本当にそうでしょうか。


4| ブランドが可能にする素材

この規模で花崗岩を全面に用いることは、決して経済合理的とは言えません。
それを可能にしているのは、「角川書店」というブランドの力でもあります。

出版という情報産業を担う企業が、あえて最も物質的で永続的な素材を選択する。この対比は象徴的です。

情報は変化し続けます。
デジタルデータは更新され、消去され、置き換えられます。

しかし石は、ほとんど朽ちることがありません。

ここに、この建物のメッセージが隠れているように思えます。
それは単なる図書館でも、美術館でもなく、「知の神殿」としての姿です。


5|経済を超える建築

建築は、常に経済の論理の中でつくられます。
しかし歴史を振り返れば、経済合理性を超えた建築も存在します。

例えばエジプトのピラミッド。
例えばローマのパンテオン。

それらは当時の技術と資源を最大限に投入し、永続性を目指してつくられました。石という素材は、時間を超えることを前提としています。

角川武蔵野ミュージアムもまた、経済合理性だけでは説明できない存在です。
この建物が放つ「異様な感覚」は、私たちが無意識のうちに経済合理性に基づいた価値観を持っているからかもしれません。

重いものは非効率である。
軽いものこそ現代的である。

その前提を、この建物は揺さぶっています。


6| 素材建築としてどう見るか

私たちが考える「素材建築」とは、時間に耐えうる建築を目指すものです。
流行や表層的な意匠ではなく、素材そのものの力に建築を委ねる姿勢です。

この建物の石は構造体ではありません。
しかし視覚的にも心理的にも、建築の存在感を決定づけています。

石は風雨にさらされ、わずかに表情を変えていくでしょう。エッジは丸まり、色味は落ち着き、周囲の環境に溶け込んでいくはずです。

50年後、100年後、この建物はどう見えるのでしょうか。
そのとき、外壁の石は単なる化粧材ではなく、建築そのものの記憶となっているかもしれません。


まとめ| 異様さの正体

石なのに浮いている。
重いのに軽く見える。
積んでいるようで、実は張り付けている。

その矛盾が、私たちに「異様な感覚」をもたらします。

しかしそれは、建築が単なる機能や経済性を超えて存在し得ることを示しているのではないでしょうか。

素材建築の視点から見れば、この建物は問いを投げかけています。

建築は合理性の産物であるべきか。
それとも時間を超える存在であるべきか。

角川武蔵野ミュージアムは、その両義性のあいだに立っています。
重さと軽さ、経済と記念性、現代と太古。

その緊張関係こそが、この巨大な石の建築を特別なものにしているのです。

私たちはこの建物を、単なる外壁デザインとしてではなく、「時間に耐える素材の選択」としてどう受け止めるのか。

その問いこそが、素材建築を考える上で、極めて重要なのではないでしょうか。

私たちは、流行や経済性だけに左右されない、時間に耐える素材の選択を続けていきたいと考えています。

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